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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和44年(ワ)244号 判決

原告

井上繁雄

代理人

高木文朗

被告

豊嶋運送株式会社

代理人

森島忠三

主文

被告は原告に対し、金一、〇一九六〇二円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

一、被告は原告に対し、金一、八四九一〇〇円を支払え。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、原告は、訴外吉村陸男と共に自動車運転手として被告会社に雇われていたところ、同訴外人と一組となつて被告会社保有の大型貨物自動車(神戸一く―〇三一五号、以下被告車という。)を運転して福岡県甘木に赴き大阪への帰途である、昭和四三年八月三日午前一時ごろ、山口県岩国市錦見一丁目四の三二番地先付近の国道二号線上において、訴外吉村が運転当番として被告車の運転に当り、原告は休憩時間中であつたので、同車運転席後部の寝台で頭部を左側(助手席側)にして就寝していたところ、訴外吉村においてハンドル操作を誤り、時速約七〇キロメートルで道路左側の電柱に激突し、電柱が被告車の左側前部助手席付近にくい込んだ形となつたため、原告は電柱と寝台の枠にはさまれて圧迫されたまま、被告車が半回転して一メートル下の畑に転落し、原告は負傷した。

二、本件事故は、訴外吉村が運転当番に当り、原告は休憩時間で就業中に発生したものであるから、原告は自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条にいう他人にあたり、被告は被告車の保有者として原告に生じた損害を賠償すべきである。

三、〈省略〉

四、〈省略〉

五、よつて、被告に対し以上合計金一、六四九、一〇〇円と弁護士費用として二〇万円を加算した金一、八四九、一〇〇円の支払を求めるため本訴に及ぶ。

(答弁の趣旨)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因一項は認め、同二、三、四項は争う。

二、〈省略〉

(被告の主張)

一、原告は、労災保険から主張する休業補償金を受領したほか、昭和四四年一二月一八日障害補償の一時給付金として金二、五六九〇〇円を労災保険から受領し、更に昭和四五年一月二八日自賠責保険から賠償額の支払として金五〇万円を受領しているから、原告の本訴請求額から損益相殺すべきである。

(被告の主張に対する原告の答弁)

一、被告主張の金員を受領したことは認める。

(立証)〈省略〉

理由

(事故の発生・保有者)

請求の原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。右事実によれば、被告が右事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたことは明らかである。

(他人性)

原告本人の供述によれば、原告は、被告会社に副運転手として雇われていたが、当日は訴外吉村の交替運転手として被告車に乗組み、四、五時間交替で運転していたところ、訴外吉村が運転当番として被告車を運転し、原告は休憩時間中だつたので運転席後部に設備された寝台において就寝していたとき、本件事故が発生したこと。原告はその前日東京に二往復した直後で勤務を休むことになつていたが、被告車の副運転手がいなかつたので、被告会社の命令により止むなく臨時に被告車に乗組んだものであること。当時被告会社では、遠距離運転にあたつては一車両に二名の運転手を配置し、四、五時間交替で運転させることにし、非番の運転手は後退時の誘導、荷物の積み降しの手伝の場合を除き、歩行中は休憩していてもよいことになつていたこと。以上の各事実が認められる。

ところで、自賠法三条本文における「他人」には、事故を起した自動車の運行に従事していた運転者又はその補助者を包含しないものと解すべきところ、右運行従事者の観念は抽象的な地位として理解すべきではなく、もつぱら事故時の運行に関与していたかどうか、或は関与すべき義務があつたかどうかを基準として判断すべきである。本件についてこれを見るに、前示認定事実によれば、原告は抽象的には被告車の運転手ではあるけれども、具体的事故時の運行に関与していないばかりでなく、又被告会社の運転内規上からみても運転業務に従事すべき義務はなかつたというのであるから、原告は被告車の運転者又は運転補助者の地位になかつたものというべきであり、従つて原告は自賠法三条本文における「他人」にあたり、被告車の保有者である被告に対し、本件事故によつて蒙つた損害の賠償を求めることができる。

(損害額)〈省略〉

(損害相殺)

以上によれば、原告は本件事故により合計金一、四一九、六〇二円の損害を受けたところ、昭和四五年一月二八日自賠責保険から本件事故に対する賠償額の支払として金五〇万円を受領していることは当事者間に争いがないので、これを差引くと、原告の損害額は金九一九、六〇二円となる。

原告が昭和四四年一二月一八日労災保険から障害補償として金二五六、九〇〇円の給付を受けていることは、当事者間に争いがない。労働基準法八四条によれば、使用者が、労災補償を行つた場合には、「同一の事由」について、その価格の限度において民法上の損害賠償責任を免れるものとし、又労災保険からの給付により、使用者の災害補償責任を免除しているから、労災保険給付があればその限度で使用者が災害補償を行つた場合と同視するのが相当である。ところで、同条にいう「同一の事由」とは、同一の災害から生じた損害を指すものではなく、災害補償の対象となつた損害と民法上の損害が同質同一であり、民法上の賠償を認めることによつて二重の填補を与える関係にある場合を指すものと解すべきところ、本件障害補償は、障害の残存することによつて将来にわたつて生ずるであろう減収すなわち財産上の損害を填補するものであるから、原告が本訴によつて請求する入・通院時における雑費、交通費の支出および休業による財産的損害はもちろん、慰藉料などの精神的損害との間にも同質性、同一性は存在せず、従つて本訴請求を認めても二重の填補を与える関係にないことが明らかである。被告のこの点に関する損益相殺の主張は採用できない。

(弁護士費用)

本訴の経緯および認容額等を参酌すれば、、弁護士費用は金一〇万円が相当である。

(結論)

よつて、被告は原告に対し、金一、〇一九、六〇二円を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は、右の限度において相当として認容すべく、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (安田実)

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